ガラスは窓ガラスに使われるような板ガラスだけではなく、様々な工芸品や芸術品として使用されることが多いものです。そしてガラスを使った工芸品は、その透明度や色彩からとても美しい印象を与えてくれるのが大きな特徴でしょう。
そんなガラスによって作られた工芸品の中でも日本の工芸品は独特の個性があります。今回は、日本の様々なガラス工芸にフォーカスを当ててご紹介いたします。
琉球ガラスについて
琉球ガラスは、かつて琉球王国と呼ばれていた沖縄で主に作られるガラス工芸です。
琉球ガラスの歴史
琉球ガラスの歴史は、西暦1600年代後半に遡ります。かつて沖縄は那覇市にあった円覚寺というお寺に、和尚の像が作られていました。その和尚像の目の部分にガラス玉が使われていたことから、沖縄ではこの時代には既にガラス細工が伝来していたことがわかります。
その後、明治時代には日本本土(大阪や長崎など)からガラス職人が沖縄に来て、ガラス細工を作るようになりました。第二次世界大戦を越えて、アメリカ軍が沖縄に多く流入するようになると同時に、コーラやビールなどのガラス瓶も沖縄に多く持ち込まれます。その廃瓶を活用する形で、カラフルなガラス工芸が作られるようになりました。
これが琉球ガラスの簡単な歴史になります。
琉球ガラスの特徴・製造方法
琉球ガラスの特徴はそのカラフルな色合いです。その色合いを出すために、琉球ガラスの製法には幾つかの工夫がなされています。
その工夫の中で一番の特徴なのが、着色剤となる金属を入れる点です。青色を出したい場合は一酸化コバルト、赤色ならばセレンなど、出したい色を出す金属素材を混入して製造します。この製法によって、琉球ガラスは先ほど紹介した青や赤だけではなく、オレンジ、紫、水色、茶色などの鮮やかな色彩を表現してくれます。
また、これに加えて発泡性のある素材である炭酸水素ナトリウムを混入する技法もあります。この技法を行うことで、ガラスの中に小さい泡が出る仕上がりのガラス細工ができます。
江戸切子について
江戸切子はガラスの表面にカットを入れて、様々な模様が入っている独特なガラス工芸です。
江戸切子の歴史
その名前からも分かるように、江戸切子は江戸時代に生まれたガラス細工です。江戸末期に江戸でガラス屋(かつてはビードロ屋と言われていました)を営んでいた加賀屋久兵衛という方が、ガラス工芸品の上に彫刻を行ったことから江戸切子の歴史が始まりました。
江戸から明治、大正と時代を経るごとに、ガラスの研磨技術やカット技術が進歩していき、大正から昭和初期の間にカットグラスの不動の地位を築くほどのものとなります。そして平成14年には日本における伝統工芸品に指定されることになりました。
江戸切子の特徴・製造方法
江戸切子の特徴は、なんといってもその彫刻の美しさです。琉球ガラスがガラスを形成する段階で特徴を作る製法であるとすれば、江戸切子は形成されたガラスをさらに加工する技法であると言えるでしょう。
比較的自由にガラスをカットできますので、八角籠目文や七宝文のような日本独自の幾何学模様を入れられるのはもちろんのこと、ぶどうの絵などのイラスト的な模様を入れることまでできます。ですので、江戸切子はどの作品も全てが個性際立つものとなっています。
そんな江戸切子の製造方法は主に 割り出し(彫刻をする印付け)、粗ずり(おおよそのデザインを決める)、三番掛け(細かな模様をつけていく)、石掛け(カットした部分をなめらかにする作業)、磨き(光沢を出す工程)、バフ掛け(研磨剤などでの最後の仕上げ) の6工程を経て製品となります。
江戸切子はただ削るだけではなく、幾つもの段階を経て繊細に模様をつけていくのが素晴らしいポイントですね。
日本の魅力あるガラス工芸達
日本には琉球ガラスや江戸切子だけではなく、他にも多くの魅力的なガラス工芸があります。
例えば江戸切子のようにガラスカットを行う「薩摩切子」、小さい穴の空いたガラス玉に着色や絵を描いたものである「とんぼ玉」、ジャッパン吹きという技法を用いて肌触りの良い製品である「肥前びーどろ」などが日本の代表的なガラス工芸達です。
これらのガラス工芸は、その土地独自の製法が用いられていることから、ご当地製品的なガラス工芸でもあります。
日本とは違った、魅力ある世界のガラス工芸品はこちらの記事で紹介しています:<世界のガラス工芸>
まとめ
ガラスは海外から伝来したものですが、その加工技術においては日本は海外に引けを取らないのではないかと思います。その理由は、今回ご紹介したようなクオリティの高い日本のガラス工芸達がある点です。
これらのガラス工芸は日本の歴史の中で培われてきたものでもあり、日本の文化の一つでもあります。そのような歴史の重みが加わることも、そのガラス工芸一つ一つの美しさの要素になっているのではないでしょうか。